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2018/05/23

復興の旅 宮城編 まとめ 復興の先にあるもの

東北の旅から帰ってきて、はや半月。

旅行先では、肝心のWi-Fiカードリーダを忘れていったので、デジカメで撮った写真をブログに載せられなかったし、帰ってきてからは倒れそうになるほど(比喩ではない)仕事が忙しかったため、なかなか編集できないままになっていた。
ようやく仕事も一段落したので、写真を整理して貼り直した。

その4でも取り上げた大川小学校だが、先日、亡くなった児童の遺族達が学校側の対応を不服として、石巻市を訴えた裁判のニュースがTVで流れていた。あれから7年経っても、震災の傷は癒えていない。

被災地ではいまでも大規模な土木工事が続いており、少なくとも向こう10年先までは重機の姿が消えることはないだろう。膨大な盛り土と延々と続く防潮堤がその主たる原因で、それらをつくる作業がいつまでも続き、本当の街作りは立ち後れてしまっている。
結局なんだかんだ言って、土木屋だけが儲かる構図になっている。

津波の経験を後世に生かすため、災害に強い町を作らなければいけない。それはわかる。
でも、被災地の大部分は田舎であり、高齢者が住民の多くを占めている。
次の津波が来るのはいつだ?百年後?それとも数百年後?
その頃には、俺たちは誰も生きておらず、日本の少子高齢化が止まらなければ、おそらく人口も半減している。
そのとき、この立派な高台や防潮堤に守られるはずの人は誰なのか?
人口が減り借金ばかり抱えた未来の日本人にとっては、これらの巨大な人工物は負の遺産になるだけじゃないのか?

百年も経てば科学や文化だって、様変わりしているだろう。
津波の恐れがある地域では、水陸両用のキャンピングカーを住居にするのが普通になるかもしれない。(実際にアメリカでは災害時にはボートになる家が売られているらしい)
地下に避難するためのシェルターが作られるかもしれない。
いや、ひょっとしたら、宇宙に待避するなんて日も来るかもしれない。

いくら安全でも、堤防に囲まれた町では魅力がない。魅力がなければ新しい住人はやってこない。
そろそろ、震災からの復興ではなく、古い街作りの考え方からの脱却が求められている段階に移っているんじゃないだろうか。
大胆な決断が出来るのは今しかないのだ。

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コメント

本当に考えさせられますね。
地震も津波も、台風だっていつくるか分からない。
負の遺産は減らない。
心の傷も癒えない。
全く何のための復興なのか……

水陸両用の家は、すでにありますよ。

投稿: みぃや | 2018/05/25 09:30

>みぃやさん

人間は誰でもいつかは必ず死ぬのだから、死なないことを目標にしても意味がなく、とどのつまりはどう生きたいのかの問題だと思います。

水陸両用の家はTVで見たような気がしますが、どう見ても富裕層向けだったので、一般の人が買えるような値段になるにはまだ時間がかかりそうです。


投稿: どげざ(管理人) | 2018/05/25 22:52

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