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2018/05/02

復興の旅 宮城編 その4 ドラマの登場人物にはなれない

ずっと暑い日が続いていたのに、今日は朝から曇り空で、すこし肌寒い。
南三陸町のめぼしい名所は大体観たので、女川町へ移動しよう。

20180502_001途中の道で、ひどく壊れた建物を見つけた。何だろうと立ち寄ってみたら、小学校の跡地だった。これも震災遺構の一つらしい。
小学校の建物がまるごと残っていて、建屋の中に入ることは出来ないものの、ちかくまで近寄ることは出来た。
めちゃくちゃに壊れてはいるが、壊れてなお、震災前はさぞかし立派で綺麗だったと思わせる、モダンで優美なデザインだった。こんな大規模で保存状態も良い遺構が、なぜ震災ガイドにも載っていないんだろう。

20180502_002震災の記録によれば、当時の全校児童の7割が死亡または行方不明で、教員のほとんどが亡くなったそうだ。しかも、避難の開始に手間取ったうえ、山ではなく川の方に逃げようした。このことで遺族からは「人災ではないか」と非難があがっていたという。
確かにいろいろ問題はあったのだろう。でも、未曾有の災害が起きたときに、いつもベストな対応を求めるのは酷じゃないか。それらの負い目のせいで、この遺構が注目されていないのなら、どうやってこの先経験を生かせるのだろう。

20180502_003女川町の駅前に出来た商店街で昼食を取ったあと、牡鹿半島の先端を目指した。
ここは6年前に来たときは、道の状態が非常に悪くて、アスファルトがひび割れたり段差があったりして、途中で断念して引き返してしまった。いまではすっかり修復され、すいすいと進めた。
しかし、岬の先端にあったレストハウスは全壊したままで、営業はしていなかった。それでも、浜辺まで遊歩道を歩いて行けるようだ。

20180502_004浜辺に辿り着いたら、広い砂浜が広がっていた。
そして気付いた。砂浜に花束がひとつ置かれている。周りには俺以外誰もいない。
俺と海と砂浜と、花束。まるで映画の1シーンのようだ。
でも悲しいかな、俺はドラマの登場人物にはなれず、ただの無関係な通りすがりのおっさんに過ぎなかった。
それでも、その光景を見ていると、なぜか無性に悲しくなって、ずっと浜に佇んでいた。

やはり被災地を巡る度は、精神的に消耗する。
そろそろ明るい話題が聞きたい。

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コメント

本当に映画のワンシーンですね。
地震も津波も、映画だったら良かったのに、自然って残酷です。

明るい話題ですか?
今時は明るい話題なんて何処を探しても……

ワイドショーはアイドルグループのメンバーの不祥事で持ちきりだし、何なのかな?って思いますよ。

投稿: みぃや | 2018/05/03 10:59

>みぃやさん
個人的には山口達也がわいせつ事件を起こしたことよりも、自分と同い年だったことに衝撃を受けました(笑)
マスメディアが偶像を押し付ける、いままでのスタイルが、いい加減通用しなくなっている気がします。
女子アイドルのほうも、握手券商法をなんとかしてほしい・・

投稿: どげざ(管理人) | 2018/05/03 17:33

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