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2014/03/29

春の海と風車

昨日の予報じゃあ、降水確率50%だったのに、大外れだったみたいで、今日は朝からいい天気。ぽかぽかと春らしい陽気に、衝動的に海が見たくなり、石狩浜へ。wave

20140329_001海へ向かう途中、地図を眺めていたら、「市民風車」という文字が目にとまった。海岸近くにある風力発電用の風車のことらしい。
ずいぶん昔からあったような気がするが、実はこれ、市民から出資を募って作られた物だそうだ。
普通、風車が設置してある場所はほとんどが電力会社の敷地内で、立ち入り禁止になっているものだが、ここは本当に風車の足下まで立ち寄れる。頭の上をぶんぶんと風車の羽が回っている様は、ちょっと圧巻だ。

ハマナスの丘公園は、ここ数日の陽気でだいぶ雪が溶けたらしく、木道の半分ほどはすでに顔を覗かせていた。
木道を終点まで歩いた後、そのまま砂浜まで突っ切った。一応、スノーシューを履いて歩いたが、だいぶ雪がしまっているので、つぼ足でも大丈夫だったかもしれない。

20140329_002人気のない砂浜で腰を下ろして、ぼーっと海を眺めて過ごした。
なんか波が打ち寄せる様を見ているだけで、不思議に落ち着くよなぁ。catface
まだちょっとだけ風が冷たいが、のどかな春の海だった。

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2014/03/23

北広島レクリエーションの森

低気圧が過ぎ去ったおかげで、今日は朝からいい天気。sun
今日は場所を変えて、「北広島レクリエーションの森」に歩くスキーを持って行った。

20140323_001この公園は、(野幌ほどはでないにしても)十分な広さがあり、フィールドアスレチックや林間学校のための炊事場、あとは遊歩道や展望台などが整備されている。
ただ、公園の案内地図を見ても、、どういうコースがあるのかよくわからない。とりあえず残ったスキーの跡をたどってみることにした。

20140323_002最初は公園をぐるりと一周できるものだと思っていたのだけど、遊歩道の途中で急な階段になっていて、これはスキーじゃ無理だ!ということで、やむなくショートカットすることに。でも、それだとあっけなく終わってしまう。(それでも一時間ぐらいはかかったが) うーん、これならスノーシューの方が楽しめたか?

ここで帰るのはちょっと早すぎると思って、森の中をうろうろしていたら、キタキツネとばったり出会った。車道でキツネと会うことはよくあるけど、こんな風に森の中で出くわすのは珍しいかも。
キツネは少し距離を取ったまま、じぃっとこちらを観察している。

20140323_003

ふふ、甘いぞ。どんな人間でも簡単にえさがもらえると思ったら大間違いだ。まあ、手持ちには休憩用のインスタントコーヒーがあるぐらいで、他には何もなかったんだけどね。
キツネは何もくれないとわかると踵を返して、ゆっくりと立ち去っていった。

帰りは温泉で汗を流した。歩くスキーのコース取りはもう少し見直す必要があるけど、札幌から手軽に行けるし、近くに温泉もあるし、意外と穴場かもしれないな。

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2014/03/22

野幌森林公園 カラマツコース

春分の日も過ぎたというのに、道東に台風並みの低気圧が居座っているせいで、今日も道内は荒れ模様の天気だ。せっかくの三連休も今ひとつ遠出する気になれず、グダグダしている。down
雪がグシャグシャにならないうちに、やることをやっておかなくてはと思い、近場の野幌森林公園に歩くスキーを持って出かけた。ski

今シーズン、スノーシューでは何回か出かけたが、歩くスキーは初めて。整備されたコースよりも、森の遊歩道や林道が好きな俺にとっては、スノーシューでしか行けないところの方が魅力的に感じるからかもしれない。歩くスキーでも行けるところとなるとかなり限定されるし、札幌近郊ではほとんどない。
野幌森林公園も「整備されたコース」の一つだけど、自然たっぷりなところがいい。今回はメジャーな大沢口や記念塔口ではなく、あえてマイナーな登満別口から入ることにした。

遅い時間だったので、一番短いカラマツコースを選んだ。
意外なことに、数日前の物とみられる形跡はあるものの、新しい足跡やスキー跡は付いていなかった。今日この森に入るのは俺が一番乗りだったみたいだ。
コースの一番奥には雪の平原があった。
だが、もうだまされない。
耳を澄ますと、かすかな水音がした。ほら、やっぱり。ここも凍結した貯水池だったみたいだ。

20140322_001スキーで橋を渡るときはちょっとヒヤヒヤした。雪が降り積もって、手すりが全く機能していない。よろけてバランスを崩したりしたら、そのまま川に落ちてしまうだろう。もうずぶ濡れは勘弁したい。coldsweats01

20140322_002橋を渡った後は特に危険なところもなく、すんなりと帰ったこれた。
途中、クマゲラが掘ったばかりらしい樹を見つけて、興奮した。
やっぱりいるんだな、クマゲラ。shine
鳴き声らしいものは聞いたことがあるんだけど、実物はまだ拝めていない。いつかこの森で出会えるんだろうか。

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2014/03/11

復興の在り方

東日本大震災から三年が経った。
あれから日本はどれだけ変わっただろう?少なくとも俺が期待したほどには変わっていない。

震災直後は、原発反対論者たちが「科学文明は敗北した。これから自然への回帰が始まる」などと煽り立てたものだ。
まあ、それは言い過ぎだったにしても、いままでの日本の在り方、つまり経済至上主義を見直す絶好の機会だったはずだ。

しかし、社会はそう簡単には変わらなかった。その後に行われた国政選挙において「政治に期待すること」の筆頭に上がったのは、やはり「景気対策」だった。
原発への怒りや恐れも、ガソリン代や電気料金の値上げという具体的な問題の前には、すっかり形を潜めてしまい、各地の原発の再稼働はもう確定路線になってしまった。

被災地も、いつまでも「被害者」ではいられないだろう。というのも、これからの復興の在り方は今後の東北の進む方向を決定づけるからだ。
「補助金がもらえるうちに一円でも多くぶんどっておこう」という欲が顔を出し始め、分不相応な復興計画をでっち上げ始めた。

もともと、被災地のほとんどは過疎地だったんだから、震災前の街の規模を復元することには意味がない。減り行く人口に見合わない施設を作り、交通量に見合わない立派な道路を引いたりするのは、もうやめて欲しい。

負の遺産はずっと残り続け、そのうち補助金が打ち切られれば、自治体はそれを維持できなくなる。そうして、新たな原発や核廃棄物処理施設を呼び込み、それに依存するようになる。それはもうすでに「加害者」だ。どこかで負のスパイラルを断ち切らなくてはならない。

震災を教訓として活かせるかは、これからの復興計画にかかっている。

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2014/03/08

藻岩山(531m) 冬登山

冬のめぼしいイベントがすべて終わってしまって、気分はもう春に傾いているのだけど、札幌は一向に暖かくならない。
今日だって、最低気温-8℃、最高気温-2℃。真冬と変わらない寒さだ。snow

新しく雪も降ったし、また雪山に出かけることにしたのだけど、前回はマオイ丘陵で死にかけたので、今回は絶対安全な場所ということで、藻岩山を選択した。fuji

20140308_001冬期の登山道の中では最もポピュラーだと思われる、慈恵会病院コースから登り始めた。
冬山と言えども、藻岩山は札幌市民の常設トレーニング場として親しまれている。そのため、スノーシューや山スキーの類いは一切不要で、つぼ足でも問題なく登れる。
俺の装備はスノーブーツだけだったが、他の登山者を見ると長靴に軽アイゼンを付けている人が多いようだ。確かに場所によっては勾配がきついところもあるので、特に下りはアイゼンがあった方が安心かもしれない。

20140308_002藻岩山の登山道の脇には33体の観音像が設置されていて、観音像巡りをすることが出来る。
いままではただ素通りするだけだったが、先日母の命日があったばかりだし、一体一体、観音像の前で立ち止まって拝んでいくことにした。
それがプチ休憩になって、息を整えるのにはちょうど良かったのだけど、ハァハァと荒い息をつきながら手を合わせているのは、端から見れば危ない感じだったかもしれない。coldsweats01

20140308_003藻岩山の展望台は数年前にリニューアルし、とても小綺麗になったのだけど、変に高級化してしまった。
レストランはランチで最低千円以上、ディナーで最低三千円以上という、庶民お断りな値段設定
おまけになぜかプラネタリウムまで新設された。上映時間は夕方から夜にかけてで昼間にはやっていない。藻岩山に来たんだったら、プラネタリウムなんか見ないで外の展望台で星空を見ろよ、って思うのだが。smile

そんなお洒落な施設には縁のない俺は、行きも帰りもロープウェーを使わずに徒歩で往復し、食事もコンビニで買ってきたカップ麺だった。
藻岩山はやっぱり庶民の山であって欲しいのだ。

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2014/03/05

春よ、来い

今日は母の命日だ。
膵臓がんで亡くなってから、もう二年になる。

一枚の絵葉書がある。
生前、絵葉書を書くことが趣味だった母は、たびたび俺に葉書を送ってくれた。これはそのなかで最後に届いた絵葉書だ。
書かれた文字は「春よ 来い」

20140305_001

消印の日付は1月20日。
この頃から母はめっきりと体調が悪くなり、食事をほとんど受け付けなくなっていた。おそらく母は自分が春を迎えることは出来ないと思っていたに違いない。それなのになぜ「春よ 来い」なのか。母はこの言葉にどんな思いを込めたのだろう。

母は元気な頃から「いつ死んでも悔いはない」と言うような人だったから、「一日でも長く生きたい」なんて思いはなかっただろう。
実際、すべての延命治療に対して「No, Thank you.」を突きつけ、自宅で最期を看取られることを希望した。

結果的には、それからほとんど飲み食いもしない状態で、一ヶ月半も生き続け、3月5日にとうとう亡くなった。暦の上では春かもしれないが、北陸ではまだまだ寒く、春を実感することは出来なかっただろう。

そう考えると「春よ 来い」の「春」は季節のことではなく、「喜び」とか「幸せ」とかの例えだったのかもしれない。いや、もしかしたら、そのものずばり「あの世からのお迎え」だったのかも。

今でもときどきこの絵葉書を見返しては、母の残した思いの先に想像を巡らしたりするのである。

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