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2011/10/26

独り相撲

そろそろ求職活動を始めようと、まずは履歴書を書いてみた。

それにしてもこの履歴書。
書いてて、本当にいらいらしてくる。

なぜいまどき、「ボールペンか万年筆で手書きが基本。修正液は使っちゃダメ。」などという古くさいルールがあるんだろう。いちプログラマーとしては、楽をしてなんぼ。PCに出来ることを人間がするのは、愚の骨頂だと思うのだけど。

ある人に言わせれば、「履歴書は会社へのラブレターのようなもの。ワープロで書かれたラブレターなんて読む気がしない」とのこと。
でもそんなのは、せいぜい2,3社が相手の話でしょ。近年じゃ10社20社受けても、受からないなんて事はざらにある。「人の書いた暖かみ」とか言っている場合じゃない。
20人の異なる人に熱意あふれるラブレターを書けるやつはいるだろうけど、俺には出来ん。

何より非効率だ。
今日1日だけでも、日本全体で何万通という履歴書が書かれているはずだ。その手書きに使うエネルギーをもっと生産的な方向に使えないのか。
ちなみに欧米では全く逆で、「履歴書はワープロで。手書きは厳禁。」らしい。

履歴書の手書きがワープロ可になったら、就職活動はもっとスピーディーになる。
ハローワークが率先して、「うちに登録する場合は、履歴書はワープロ可で」とルールを作れば、一気に変わるように思うのだけど。
そんなことをもんもん考えながら、何度も何度も履歴書を書き直し、ハローワークに持っていった。
しかし、ハローワークの担当者は俺の履歴書をひとめ見て、こう言った。

あ~、あなたの業界なら、ワープロで書いても問題ないですよ?


・・・・あれ?

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2011/10/20

受給資格者説明会

雇用保険の受給者資格説明会に行ってきた。この説明会で受給者資格証がわたされ、本格的に求職活動が始まることになる。

説明によれば、札幌圏での求人数は約1.5万人で、求職者数は6万人だそうだ。これって、有効求人倍率が0.25ってこと?あまりにも低すぎないか?
資格とか年齢とかで、制限を受けることを考えると、非常に狭き門だよな。down

ところで、雇用保険についてのDVDを見せられたのだけど。
ずっと若い女性が説明していたのに、最後の「不正受給」のところだけ、いきなり中年のおっさんに交代。そして、「必ずバレるから絶対にするな」と念押し。
脅しかたが露骨すぎるだろ・・・shock

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2011/10/16

再び陸前高田市

ボランティア3日目は、再び陸前高田市で作業だった。

20111016_001場所は初日の場所のすぐそばで、内容も同じく畑のための土地作り。
げげっ、またあのスコップで土掘り&ふるいの作業かよ。こんな筋肉痛だらけの身体であの作業を耐えられるのか?
そんなことを考えていたら、今日の作業ではふるいはなし。スコップで土を掘り返し、目立つ瓦礫を取り除くだけでいいとの指示だった。ああ、助かった。あのふるいをかける作業がしんどかったんだよな。何より、今回はペアを組んで作業する訳じゃないので、自分のペースで動けるところが大きい。

作業を始めてみると、どうして今回はふるいの必要がないのかがわかった。前回よりも断然瓦礫の量が少ないのだ。
なるほど、ここは海に近いし、畑の反対側は裏山だ。人家が少ない分、瓦礫も少ないって事だ。
初日に作業した場所は、津波の引き潮によって上流から多くの瓦礫が運ばれてきたんだろう。こんなにすぐ近くの場所でも状況は全く違うって事だ。

最終日と言うことで、いつもより早く作業は終了。畑造成できた面積は、せいぜい20㎡ぐらいだろうか。見渡すばかり瓦礫の荒野と化しているここでは、雀の涙ほどの成果でしかない。
TVではあまり報道されていないけど、はっきり言って復興はさっぱり進んでいない。7ヶ月経ってもこんな状況では、いくらボランティアを投入したところで焼け石に水。いずれは大型の重機をじゃんじゃん投入して、ぜんぶまとめて更地にしてしまうしか、方法はないのかもしれない。

でも、今の作業が意味がないとは思わない。
復興計画がまとまるなんて、まだまだ先の話だろうし、それまで住人は何らかの形で生活して行かなくてはならないのだから。
そして何の支援も入らなければ、人々はこの場所を放棄してよその土地に移ってしまうに違いない。つまり、俺たちボランティアの役目は、ここの人々に生まれ育った土地を「見捨てさせない」ことなのかもしれない。

復興にはあと10年も20年もかかるだろう。そのときに俺たちの努力が何らかの形で花咲いていたなら、言うことはないのだけど。

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2011/10/15

釜石市

朝5時半に起床。震災ボランティアの朝は早い。
心配していたとおり、体のあちこちが筋肉痛。まあ、筋肉痛が翌日に出るだけ、まだましかもしれない。腕、肩、背中と上半身に集中しているのは、身体の鍛え方が偏っている証拠だろう。

今日はあいにく朝から雨。小雨ならば活動に問題ないのだけど、けっこう強く降っていたので、午前中のボランティア活動は中止になってしまった。はるばる遠くから来ているのだから、本来ならがっかりするところなんだけど、身体がこの状態なので正直ちょっとほっとした。

20111015_01結局、午前中は被災地の現状を見て回るバスツアーになり、昼頃に釜石市の宝来館というホテルに到着した。ここは津波が押し寄せてきて住民が避難する様子がTVニュースや動画サイトで何度も流されたこともあって、ちょっと「有名」な場所になっている。

そのホテルの女将さんの話を聞いた。震災直後は自分のホテルの中の瓦礫さえ、片付けようという気が全く起こらなかったという。それがボランティアが被災地に入り瓦礫の撤去を始めて、ようやく自分でも片付ける気力が沸いたそうだ。それだけ自失呆然となっていたということだろう。

20111015_02被災地の様子を見ると、さんざんTVなどで見たはずなのに、受ける印象はぜんぜん違った。10m以上の高さの津波と言われてもぴんと来なかったが、実際に自分がその場所に立ち、自分の目線よりはるかに高いところがグシャグシャに壊れているのを見ると、そのときの恐怖が伝わってくる。

宝来館は海水浴場のすぐそばにあったらしく、被災後の今でも海岸はとても美しかった。
午後からの作業はその海岸の瓦礫の撤去と草むしりになった。昨日ほどハードな作業ではなかったけれど、曇りにもかかわらずとても蒸し暑かった。

20111015_03ここの地名はアイヌ語で「ハマナスの咲く場所」を意味するそうで、女将さんはこの海岸に北海道から取り寄せたハマナスの種を撒き育てていた。ところが、震災で潮水をかぶって全部枯れてしまったという。その海岸を元に戻したいのだと語ってくれた。
俺たちの清掃した浜辺がハマナスでいっぱいになったら、それはそれは素敵なことだ。

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2011/10/14

陸前高田市

20111014_01苫小牧から八戸にフェリーで渡り、いざ東北へ。

初日は、TVのニュースなどでおなじみの陸前高田市だ。
陸前高田市のボランティアセンターには、全国各地からのボランティアが集結していた。富山や大阪、長崎からも来ているのには驚いた。ここでは札幌も決して遠隔地とは言えない。

20111014_02ボランティアセンターには被災者から様々な依頼が寄せられる。今日の俺たちの仕事は畑のがれき撤去だった。
大きながれきはすでに撤去されているものの、手作業に頼らざるを得ない部分は残されている。がれき混じりの土をスコップで掘り起こし、ふるいをかけて細かながれきを取り除いていく。
恐ろしく地道で時間のかかる作業。でも、耕作地の造成のためには必要不可欠なのだ。
がれきの内容も様々。木ぎれだったり、瀬戸物やガラスの破片だったり、何の部品だったかわからない金属物だったり。

20111014_03最初は大したことがなかったのだけど、次第にスコップやふるいが重く感じられてきた。手がしびれてきて力が入らない。
ここんとこの運動不足が災いして、体がすっかりなまってしまっていた。すぐに息切れしてへばってしまう。
ずいぶん年配の方たちも黙々と働いているのに、情けないことこの上ない。こんな不甲斐ない調子で明日以降も働けるんだろうか?心配になってきた。

休憩を挟んで4時間働くと、もうへとへと。こりゃ、札幌に帰ったら体鍛え直さないとなぁ。

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2011/10/13

震災復興支援ボランティアツアー

今日から東北の復興支援ボランティアツアーに出発だ。目的地は岩手県の陸前高田市と釜石市で、4泊5日の行程になる。

ボランティアツアーは前から参加したいと思っていたのだけど、なかなか都合が合わなくて行けていなかった。でも、会社を退職したいま、何の気兼ねもなく出かけることが出来る。他人の心配している状況じゃないだろ、と言われるかもしれないが、ちょうどこのタイミングで無職になったのも何かの縁だ。やりたいことはやっておいた方が絶対にいい。

ツアーと言えど旅行会社がなんでも用意してくれる訳じゃない。作業に必要なものは基本的に自前で用意しなくてはいけない。防護ゴーグル、防塵マスク、軍手、厚手のゴム手袋、革手袋など。買いそろえなくてはならないものは意外に多いのだ。

ここまでしなくちゃならないの?とも思う。
実際、ほんの数日だけ働いたところで、ほとんど役には立たないだろうし、何万もかけて現地に行くぐらいならば、義援金を送ったほうが効率はいいのかもしれない。
でも、やっぱり現地を見たい。どっちにしろ、自己満足に過ぎないのだから、自分のやりたい形で支援したい。

日本全体が暗いムードの中、自分の手を動かして復興を手伝うことで、自分自身が立ち直るきっかけが欲しいのかもしれない。
とりあえず、数日間、頑張ってこよう。

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2011/10/09

樽前山登山

気持ちのよい秋晴れの空。maple
定山渓でも紅葉が見頃らしいし、絶好の行楽日和。
しかし。ただいま札幌は、連日ヒグマ出没のニュースで戦々恐々としているのであった。shock

20111009_001_4札幌市内と言っても、南区や西区なら毎度のこと。またか、ですむ話だ。でも、今年は中央区でも出没している。しかも今年はドングリの不作だとかで腹ペコ、とくれば絶対に出くわしたくない相手だ。bomb
でも、ぶっちゃけ藻岩山や円山周辺で出てくるんじゃ、どこでもアウトってことだ。札幌周辺の山は全滅だろう。

いや、例外があった。樽前山だ。
あそこなら、てっぺんは禿げ山だし餌もないだろうから、ヒグマだってやってこないだろう。

20111009_002そこで樽前山に向かったのだけど、道の両側にずらりと車が並んでいる。嫌な予感。
予想通り、7合目の駐車場は満車になっていて、5合目付近で車を路駐して歩かなくちゃいけなくなっていた。うーん、やっぱりみんな考えることは一緒だったか。

樽前山は火山活動の影響で森林限界がとっても低い。だから、上から見下ろす形でしか紅葉を楽しむことが出来ない。
それでも眺めは最高。支笏湖はもちろん遠くには苫小牧の港も見え、青空と紅葉し始めた森のコントラストが美しい。shine

20111009_003連休の中日ということもあって、道外の人々も多く登っていたようだ。人が多すぎるのは困りものだけど、こういう素晴らしいところを見てもらえるのはやっぱり嬉しいな。

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2011/10/05

再起動

会社から離職票が送られてきたので、ハローワークへ行って雇用保険の給付手続きをしてきた。
雇用保険のほかにも、健康保険や年金の切り替えなどやらなくてはいけない手続きが山ほどある。

特に健康保険はややこしい。今まで加入していた健保を任意継続するか、もしくは、国民健康保険に切り替える必要がある。多くの場合は任意継続の方が保険料が安くなるのだけど、俺のように会社都合で退職する場合は、国保の減免が認められることがあり、そのときは国保の方が安くなるのだ。
しかも、それぞれ手続きの申請先や申込期限が異なるので、しっかりとスケジューリングしないと大損する。なんだよ、この嫌がらせのようなシステムは。

ハローワークに行って、区役所に行って、自宅に帰って、電話で問い合わせ。あ~、疲れる。

明日は国民年金の手続きに行かなくちゃ。

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2011/10/01

無職が未来を語ってみる

会社は先月末で退職したので、今日から正式に無職になった。先の事なんてさっぱりわからないけど、まぁなるようになるしかない。

最初の就職のときは、ちょうど就職氷河期の真っ直中だったので、何はなくとも「就職できること」が第一だった。あまりよく考えずに就職先を選んだ。

それから数年働いて、仕事の内容に不満を感じるようになった。起きている時間の半分以上を働くことに費やされているのに、それが単なるカネ稼ぎの手段だけなんだとしたら、それは人生の半分を捨てているのと一緒だと。

そこで「やれる仕事」から「やりたい仕事」への転換を図り、転職した。新しい仕事は予想以上に厳しかったけれど、仕事そのものは面白かったし、自分の性癖にも合っていた。

そしていま。
「やりたい仕事」からも脱落した俺には、この先何が待っているんだろう?

「やりたい仕事」から、さらにステップアップさせるとしたら・・・「やるべき仕事」か?

確かに前の仕事では、もの足らないところがあった。それは、社会との連帯感というか、つながりが見えにくいこと。社会への貢献度と言ってもいいかもしれない。
もちろん社会の歯車の一つであって、どこかでは繋がってはいるんだろうけど、複雑すぎてわからない。自分がどんなに頑張っても、世の中はちっとも変わらないような気がしていた。

しかし、SEなんていう人種は、専門から外れれば普通以下の人でしかない。それは、俺自身が痛いほどわかっている。何か他に出来る事なんて、あるんだろうか?

人生のリセットボタンを他人に無理矢理押されてしまった俺は、正直言って戸惑っている。

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