2018/07/16

猫のいる海

久しぶりの連休になったけど、どうにも天気がよくない。
思い起こせば、「海の日」って、雨が降ることが多いような気がする。

土曜日は、映画を観たあと、美術館へ。インドア中心で過ごした。
日曜日は、午前中はひどい雷雨で足止めされた。午後から次第に回復してきたので、今シーズンで初めて海に行くことにした。

ところが、積丹に着いてみると、いつもキャンプをしているダイビング仲間が誰一人としていない。
ダイビングショップの人に聞いたら、みんなもう帰っちゃったよ、とのこと。あまりにも天気が悪かったので、早々と撤収してしまったらしい。どうせみんないるんだろうと高をくくって、何も連絡をしなかったのが災いした。

20180716_003せっかく来たのだし、すぐに帰る気にもなれず、その日は近くのキャンプ場でソロキャンプすることにした。
七厘で炭を炊いて、殻付き牡蠣やソーセージを焼いて食べた。
夜には雨も上がり、星空が綺麗だった。夏の大三角はもちろん、天の川や人工衛星(?)らしきものも観察できた。

20180716_005月曜日は曇り空だったが、海は波が高く、うねりがありそうだった。一人で潜るのは危険そうだったので、ダイビングは断念した。
そのかわり、港周辺の猫たちを観察することにした。猫たちは半分野良で、時々餌を貰っているものの、いわゆる飼い猫ではない。

20180716_001ちょっと前に、岩合光昭の「世界ネコ歩き」の写真集を買った影響もあって、旅行先で犬や猫をみると写真を撮りたくなる。
去年はいなかった子猫が増えていた。ますます賑やかになりそうだ。

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2018/07/07

壁の中から叩く音がする

近頃、物音で起こされることがたびたびある。
壁からコンコンとかゴンゴンとか、叩くような音がするのだ。
俺の部屋の隣には、誰も住んでいない。

まるでホラーのようだが、よく聴くと本当に壁の中から音がしているようだ。
実は半年ほど前から、似たような音は聞こえていたのだが、そのときは気にならないほどの小さい音だった。それがどんどんうるさくなってきている。

幸い夜中は鳴らないものの、夜や早朝(4時とか5時とか)には頻繁に音がして、気になってしようがない。
音は水道の蛇口のある壁の中から聞こえるから、どうやら水廻りの問題のようだ。
俺が水を使っていないときに聞こえるのだから、おそらく別の部屋で水を使ったときだろう。

そのへんに詳しい知人に聞いてみたところ、これはウォーターハンマーと呼ばれる現象だそうだ。
水道管が老朽化したり、ちゃんと固定されていなかったりすると、水道の蛇口を止めたときの水圧が水道管を伝搬して振動し、壁などを叩いて音が出るのだそうだ。
音が次第に大きくなってきているのは、水道管の抑えが外れていたりするのかもしれない。

下の階に住んでいる大家さん(の娘)に相談してみたが、老朽化なので仕方ない、とのこと。
壁を壊して修理するとなると費用も馬鹿にならないし、なにより、あと数ヶ月の話なので我慢してもらえないか、と。それと、そんな早朝に起きる人はうち(娘さん一家)にはいないので、もう一人の住人(老人)だろう、とも。

うーん、困った。夜はまだ良いとしても、早朝に起こされるのは勘弁して欲しい。例え起こされなかったとしても、眠りが浅くなりそうだ。慢性的に寝不足になりそう。
こうなったら、夏だけど寝る前に水抜き栓で水道の水を落とすことにするか。水が部屋まで到達しなければ、音は鳴らないわけだし。なんにしても面倒すぎる。

早く引っ越し先を探さないとな。


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2018/06/14

立つ鳥跡を濁さず

先日のこと。
うちのアパートの大家さんから相談を持ちかけられた。
このアパートもずいぶん古くなり、老朽化が激しくなってきた。
そこで、近々アパートをたたんでしまおうと考えている、とのこと。

そんな予感はしていたので、意外な話ではなかった。
数年前から空き部屋があっても、新しい入居者を入れるつもりがないと言っていたし、大家さんもいい歳だ。(俺が入居した時点で70歳ぐらいだったから、いまは90歳ぐらいだろうか?)最近ではどうやら体調を崩しているらしく、あまり外で見かけなくなった。
アパートの1階はすでにリフォームして、大家さんの娘一家が住んでいる。きっと2階もすべて取り壊して、ゆくゆくは一軒家にリフォームするつもりなんだろう。
そんなわけで、年内をめどに転居先を探して欲しいと言われた。

俺としても、このぼろいアパートに未練があるわけじゃないが、いざ引っ越しをするとなると、なかなか面倒だ。
まずは散らかり放題の部屋を片付けることから始めなくては。

次のねぐらはどこにしようかな?


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2018/05/23

復興の旅 宮城編 まとめ 復興の先にあるもの

東北の旅から帰ってきて、はや半月。

旅行先では、肝心のWi-Fiカードリーダを忘れていったので、デジカメで撮った写真をブログに載せられなかったし、帰ってきてからは倒れそうになるほど(比喩ではない)仕事が忙しかったため、なかなか編集できないままになっていた。
ようやく仕事も一段落したので、写真を整理して貼り直した。

その4でも取り上げた大川小学校だが、先日、亡くなった児童の遺族達が学校側の対応を不服として、石巻市を訴えた裁判のニュースがTVで流れていた。あれから7年経っても、震災の傷は癒えていない。

被災地ではいまでも大規模な土木工事が続いており、少なくとも向こう10年先までは重機の姿が消えることはないだろう。膨大な盛り土と延々と続く防潮堤がその主たる原因で、それらをつくる作業がいつまでも続き、本当の街作りは立ち後れてしまっている。
結局なんだかんだ言って、土木屋だけが儲かる構図になっている。

津波の経験を後世に生かすため、災害に強い町を作らなければいけない。それはわかる。
でも、被災地の大部分は田舎であり、高齢者が住民の多くを占めている。
次の津波が来るのはいつだ?百年後?それとも数百年後?
その頃には、俺たちは誰も生きておらず、日本の少子高齢化が止まらなければ、おそらく人口も半減している。
そのとき、この立派な高台や防潮堤に守られるはずの人は誰なのか?
人口が減り借金ばかり抱えた未来の日本人にとっては、これらの巨大な人工物は負の遺産になるだけじゃないのか?

百年も経てば科学や文化だって、様変わりしているだろう。
津波の恐れがある地域では、水陸両用のキャンピングカーを住居にするのが普通になるかもしれない。(実際にアメリカでは災害時にはボートになる家が売られているらしい)
地下に避難するためのシェルターが作られるかもしれない。
いや、ひょっとしたら、宇宙に待避するなんて日も来るかもしれない。

いくら安全でも、堤防に囲まれた町では魅力がない。魅力がなければ新しい住人はやってこない。
そろそろ、震災からの復興ではなく、古い街作りの考え方からの脱却が求められている段階に移っているんじゃないだろうか。
大胆な決断が出来るのは今しかないのだ。

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2018/05/14

白い闇の中で

朝寝坊して、駅まで走り、なんとか地下鉄に飛び乗った。
吊革につかまって、息を整える。胃がむかむかして気分が悪い。

すると、突然、意識がすぅーっと遠のくのを感じた。
うぉっ、こりゃなんだ!?
辛うじて立ったままで、辛うじてつり革は握ったままだが、指先以外の感覚がまるでない。

こりゃやばい。
ベンチに座ってしばらく休んだ方が良さそうだ。
降りる駅まで早く着かないだろうか。

あと二駅。
意識はさらに遠ざかり、何も見えなくなってしまった。
目を開いているはずなのに、何も見えないのだ。
手はつり革を握っているようだが、ちゃんと立っているのかも自信がない。
耳だけはなぜかちゃんと聞こえる。

あと一駅。
まだ何も見えない。
こりゃやばい。
このまま駅についても、車両から降りられそうにない。
「急に目が見えなくなった」なって言っても、信じてもらえるだろうか。

見えろ。見えろ。見えろ~っ!!
心の中で精一杯念じたら、視界がじんわりと色がつき始めた。
おおっ。
ほどなく駅に到着。よろけながら、ホームに降りた。
次第に感覚が戻ってきた。なんとか助かったようだ。
気が付いたら、体中から嫌な汗が噴き出して、汗びっしょりだった。

今から思えば、
おそらく低血糖に陥っていたのだろう。
低血糖の症状である、「吐き気」「目のかすみ」「意識が遠のく」に該当しているし、
昨日は遅い時間に昼食を取ったため、夕食はシュークリームを1つ食べただけだった。
起き抜けに急激な運動をしたので、血糖値が急激に下がったのだろう。

なんだか臨死体験をした気分。
「死ぬ寸前まで耳は聞こえている」と聞くが、きっとあれは本当なんだろう。

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2018/05/04

復興の旅 宮城編 その6 止まない雨はない

朝起きると、雨はまだ止んでいなかった。
喉はまだ痛むが、とりあえず行動に支障はない。

まず石巻周辺の小学校跡や駅舎跡などの震災遺構を見て回った。雨の中で佇む遺構は、どれもより重苦しい雰囲気を漂わせていた。

20180504_001奥松島までやって来たが、雨は止まない。
ここには、松島の四大景観のひとつ、大高森があるのだが、この天候では良い眺望は望めそうにない。
とは言え、遊覧船もこの雨の中では、ぱっとしない。
迷ったときは・・お金のかからないほうへ。
大高森は100mほどの丘陵地で、ちょっとしたハイキングコースだ。山頂にはほどなく着いたが、やはり景色は今ひとつ。黒々とした雨雲が覆い被さり、青空はほんのわずかしか見えない。おまけに小降りだった雨が勢いをまし、沈鬱な空気が立ちこめていた。

20180504_002早々に切り上げて、昼食を取った。
すると、食べているうちに、みるみる雨が止み、まぶしい陽射しが射し始めた。
これは千載一遇のチャンス!
すぐさま遊覧船乗り場に向かった。

20180504_003遊覧船に乗るなら晴れた日に限る。空と海の輝きがまるで違う。
奥松島の遊覧船は、日本三大渓のひとつ、嵯峨渓を含むコースだ。初めて乗ったが、確かに風光明媚なところだった。船長さんの軽妙なトークも面白かった。
震災前は遊覧船の乗り場はもっと岬よりにあったらしいが、津波で乗り場が流されてしまったため、奥まった今の場所に移されたそうだ。こちらとしては、より長く楽しめるようになったので、お得感がある。

なんだかんだで、最後に晴れてくれて良かった。
明日は津軽海峡あたりで、朝日を拝めるだろうか。

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